「最近、なんだか張り合いがなくて」
仕事をひととおり覚え、迷わずに回せるようになった頃。多くの医療機関で、スタッフのこうした気持ちに出会います。言葉にならなくても、動きや表情に出ることがあります。
慣れること自体は、悪いことではありません。手順を覚え、自分の持ち場を任せられるようになった、成長のしるしです。ただ、慣れが同じ場所に長くとどまると、「自分はできている」という感覚が先に立ち、周りからどう見えているかに目が向きにくくなります。
慣れのゆるみは、誰かの怠けではない
毎日、同じ説明をし、同じ段取りをくり返していれば、心が動きにくくなるのは自然なことです。誰かが悪いわけではありません。仕事の形が、そうさせている面があります。
だからこそ、院長が最初に見るのは「誰が」ではなく、「どういう構造で」そうなっているかなのです。
- その人の一日が、同じことのくり返しだけで埋まっていないか
- 次に任せたい仕事が、言葉で示されているか
- うまくいったことを、うまくいったと伝えているか
強い言葉で引き締めた緊張は、長くは続きません。構造が変わらなければ、しばらくして同じゆるみが戻ってきます。
初心と礼儀は、注意ではなく型で渡す
それでも、手放さないものがあります。「初心忘るべからず」と「親しき中にも礼儀あり」です。
チームが打ち解けるのは、良いことです。ただ、医療の現場は、患者さんとご家族が見ている場所でもあります。休憩から戻ったときの切り替え。声をかけられたら、作業の手を止めて体を向けて返すこと。誰も見ていない場所の片づけ。こうした小さな所作に、その人の在り方が出ます。
これを、その都度の注意で伝えようとすると、言う側も言われる側も疲れていきます。そこで、型にして渡します。朝の始まり方、休憩明けの一言、挨拶の返し方を、チームの約束として先に言葉にしておくのです。型があれば、人ではなく型を見て話せます。注意は「あなたは」ではなく、「私たちの約束では」から始められます。
在り方は、小さな仕事に表れる
どんな仕事にも、手を抜こうと思えば抜ける場面があります。掃除、物品の補充、記録の整え方。誰にも見られていないところでの仕事ぶりは、時間をかけて、周りからの信頼になって返ってきます。
ここに近道はありません。農場の法則と同じで、毎日水をやり続けた人だけが実りを見ます。
院長の役割は、それを説くことよりも、その小さな仕事に気づき、言葉にして返すことだと考えています。見てもらえていると分かると、人は自分の仕事に向き合い直すものです。
くり返しは仕組みに、人には次の仕事を
慣れて張り合いがなくなる理由の一つは、仕事が「くり返し」だけになっていることです。ここは、仕組みで変えられます。
受診の前後にお伝えする基本の説明、毎回同じになる案内、記録の下書き。こうしたくり返しを、資料や動画、AI を使った仕組みに任せると、人の手が空きます。空いた手で、その人にしかできない仕事に進めます。目の前の方の迷いに気づくこと。後輩の手順を一緒に見直すこと。チームの約束を、次に入る人へ渡すこと。
人を減らすためではありません。人が、人にしかできない仕事に戻るためです。慣れた人ほど、次の段の仕事を担える力をもっています。その力を、くり返しの中に閉じ込めないことも、院長の仕事なのです。
慣れた頃こそ、次の一段を手渡すとき
慣れた頃のチームに必要なのは、強い言葉ではなく、次の一段です。礼儀は型で守り、くり返しは仕組みが引き受け、空いた力を次の仕事へ回す。そうして、チームは同じ場所にとどまらずに育っていきます。
関連して、迷ったら「安全」――チームの価値観に優先順位をつけるも書いています。
この考え方を自院でも取り入れてみたい医療機関の方は、「医療機関の方へ」のページからご連絡ください。
文:小森広嗣(小児外科専門医)
