「同期は、もう専門医を取った」「あの先生は開業して、うまくいっているらしい」。
医療者は、比べられる仕組みの中で育ちます。試験の点数、症例の数、資格、役職。気がつけば、誰かの歩みが自分の物差しになっている。そしてある日、目の前の仕事に追われながら「何のために、ここまで頑張っているのだろう」と立ち止まる。多くの医療者が、どこかでこの瞬間を通ります。
比べる仕組みは、悪者ではない
医療の教育が比較で成り立っているのには、理由があります。技術の質を保ち、患者さんの安全を守るためです。誰かが悪いわけではありません。
ただ、医師としての道のりは長い。比較だけを燃料にして走り続けると、どこかで燃料が尽きます。誰かより上か下かは、いつまでも決着しないからです。上を見れば限りなくすごい人がいて、下を見れば自分より苦労の少ない人もいる。比べても、自分の歩みは始まりません。
人はそれぞれ、違う色のメガネで世界を見ている
精神科医の平光源先生の講演で、理解についてのお話を伺いました。私のメモから、そのまま引きます。
「自分の“イエス”が相手の“イエス”ではなく、自分の“No”が相手の“No”でもない。私たちは皆、それぞれ赤いメガネ、黄色いメガネ、緑のメガネをかけて世界を見ている。」
比較が苦しくなるのは、自分のメガネで他人の歩みを測り、他人のメガネで自分の歩みを測ろうとするからです。メガネの色が違えば、同じ景色も違って見える。だから完全に分かり合うことは難しい。そのうえで、自分の軸を持ち、自分の物語を描いていくことが大切になる。講演では、そんなお話もありました。
役割の裏で鳴り続けた問い
私自身、社会的な役割の裏側で、「本当にこれで良いのだろうか」という問いがずっと心の底で鳴っていました。小児外科の出身で、いまは地域でお腹と栄養の外来を深く追求しています。この道を選んだのは、誰かと比べた結果ではありません。「もっと上流で、何かできることがあるのではないか」という問いから、逃げなかった結果でした。
その問いに向き合う中で分かったのは、迷いや弱さ、うまくいかなかった経験こそが、自分の物語の芯になるということです。割れた器を金でつなぐ金継ぎのように、ひびは、その器だけの景色になります。
源泉・方向・行動の3つを、かみ合わせる
自分の物語を生きるために、私は3つの力を分けて考えています。
- 価値観(内なる源泉):心のいちばん深いところから湧く力。その人らしさの核
- ミッション(方向):その力を、どこへ向けるか
- 行動(現実にする力):方向に向かって、実際に舵を切ること
迷うのは、この3つがかみ合っていないときです。特に、土台の価値観に気づかないまま走っていると、比較という外の物差しに頼るしかなくなります。
価値観を見つける方法は、難しくありません。紙の左に、仕事の中で心が動くこと(光)を、右に、強い違和感を覚えること(影)を書き出します。たとえば光に「家族が安心した顔で帰っていくとき」、影に「説明が足りないまま診察を終えるとき」。それぞれに「なぜ」と問いかけていくと、底から言葉が出てきます。誠実、成長、本質、調和。影の裏側には、その人の強い願いが隠れていることが多いのです。
価値観は、役割の中で動詞になる
見つけた価値観は、具体的な行動にして初めて力になります。そのために、自分が担っている役割ごとに考えます。価値観が「誠実」なら、次のようになります。
- 医師として:分からないことは、分からないと伝える。そのうえで、次に何を確かめるかを示す
- 院長として:良い知らせも悪い知らせも、チームに同じように共有する
- 一人の人間として:誰も見ていなくても、自分の良心に恥じない選択をする
これは一度やって終わりではありません。立場が変わるたびに、ここへ立ち返ります。種をまき、時間をかけて育てるように、焦らず積み重ねていくものです。
チームを持つ院長にとっては、スタッフ一人ひとりも、それぞれの物語を生きています。並べて比べるより、その人の価値観が仕事の中で動詞になる場所をつくるほうが、人は長く、深く働けます。そのために私は、迷いやすい作業や繰り返しの確認を、できるだけ仕組みに任せるようにしています。仕組みが支えてくれるぶん、人は自分の価値観を行動にする時間に戻れるからです。
他人の舞台で脇役を演じるのではなく、自分の舞台で、自分の物語を描く。医師として生きる長い道のりは、そこから深く、面白くなっていきます。
チームで価値観を言葉にすることは、ミッションを、チームの言葉にするに書きました。
この考え方を自院でも取り入れてみたい医療機関の方は、「医療機関の方へ」のページからご連絡ください。
文:小森広嗣(小児外科専門医)
