「なぜ、うちのチームは思い通りに動かないのだろう」。
医療機関を運営していると、一度はこの問いの前に立ちます。決めた手順が定着しない。伝えたはずのことが伝わっていない。新しい仕組みを入れたら、かえって現場がざわつく。
先日、精神科医の平光源先生の講演を聴く機会がありました。そこで伺った言葉が、この問いの見え方を変えてくれました。
簡単に決まるゴールは、誰も繰り返したくない
平先生は、人生の面白さをサッカーにたとえて話されました。私のメモから、そのまま引きます。
「簡単にゴールが決められるサッカーの試合は、誰も何度もプレーしたいとは思わない。だからこそ、人生にも“思い通りにならない時間”が必要なのです。」
医療の現場に置き換えると、よく分かります。思い通りにいかないのは、誰かの力が足りないからではありません。同じ職場には、違う経験と、違う感じ方を持った人が集まっています。院長の「当たり前」は、スタッフの当たり前ではない。手順書を一度読んだだけで動けるほど、医療の現場は単純ではない。ずれが生まれるのは、構造として自然なことなのです。
そう置いてみると、ずれは「失敗」ではなく、チームが育つための材料に見えてきます。
できなかった時間を知る人が、次の人を導く
講演で最も心に残ったのは、「厚み」のお話でした。
「もともと60の幸せをベースに生きている人が、80の幸せを感じたとしても、その振れ幅=感動の“厚み”は20しかない。けれど、自分に−80の不幸があると感じる人が、そこから+80の幸せを知ることができたなら、その“160の厚み”こそが、人を導き、感動を生む。」
この考え方は、チームを育てる側にとって大きな意味を持ちます。最初から何でもこなせる人より、できなかったことが少しずつできるようになった人のほうが、後から来た人のつまずきに気づけます。どこで迷うのか、何が怖いのかを、体で知っているからです。できない時間を通ってきたことが、そのまま教える力になる。
だから私は、新しく入った人が手間取っている姿を、急いで「直すべきもの」とは見ないようにしています。その時間は、数か月後にその人が誰かを支えるときの厚みになるからです。
私自身も、厚みの途中にいる
研修医のころ、「向いていない」と言われたことがあります(そのときのことはこちらに書きました)。その言葉は長く残りました。それでも、うまくいかなかった時間があったから、いま目の前で手間取っている人の気持ちが分かります。
小児外科の出身で、いまは地域でお腹と栄養の外来を深く追求しています。この道に進んだのも、思い通りにいかない問いを抱え続けた結果でした。「もっと上流で何かできていたら」。その問いが、いまの診療の形をつくっています。
いま私たちのチームは4人で、1日60人ほどの診療を回しています。人数が少ないぶん、ひとりが欠けた日の重さは大きい。うまくいかない日は、いまもあります。そのたびに手順を見直し、言葉を選び直す。その繰り返しが、少しずつチームの厚みになっていると感じています。
揺れる現場で、院長は穏やかに回り続ける
平先生は、揺れ動く子どもをジェットコースターに、それを見守る親をメリーゴーランドにたとえられました。相手の揺れに巻き込まれず、自分の軸で穏やかに回りながら見守る、という姿勢です。
これは、院長とチームの関係にもそのまま重なります。現場が揺れたとき、院長まで一緒に揺れると、チームは足場を失います。許しについても、こう語られていました。
「誰しも葛藤があることが悪いのではない。そこから自分を知り、相手を知る。そして自分を許し、相手を許す。」
ずれを責めずに、ずれから学ぶ。院長が自分のずれも許せていると、スタッフも自分のずれを隠さずに出せるようになります。隠されないずれは、直すことができます。
仕組みは、ずれを一緒に直す時間を支える
仕組みを入れれば、思い通りにいかない時間がなくなるわけではありません。むしろ仕組みを入れると、現場は大きく変わり、はじめはずれます。変革には根気が要ります。
それでも私が仕組みを入れるのは、同じ説明や確認を人が毎回背負わずに済むようにするためです。そうして残った時間を、「できなかったことが、できた」をチームで一緒に喜ぶことに使う。私たちが Clinical AI Core と呼んでいる考え方も、根っこにあるのはこの順番です。便利になるほど、原則と、人にしかできないことが大切になる。仕組みは、その時間を支える土台なのです。
思い通りにいかない時間は、医師にとっても、チームにとっても宝物です。その時間をどう支えるかに、医療機関の在り方が表れるのだと思います。
ずれながら直していく進め方は、計画どおりに進まない導入を、どう立て直すかに書きました。
この考え方を自院でも取り入れてみたい医療機関の方は、「医療機関の方へ」のページからご連絡ください。
文:小森広嗣(小児外科専門医)
