「言われたとおりにやっているつもりなのに、また違うと言われました」
新人の時期に、多くの人が一度は抱える悩みです。自分なりに考えたい気持ちもある。けれども、気づけば上司の意図とずれている。もどかしさと焦りが重なります。
医療の現場では、指示が正確に、速やかに伝わることが、そのまま患者さんの安全につながります。だから私たちのチームでは、まず「基本の型」を身につけること、指示どおりに動く型を徹底することを大切にしています。
気を利かせたことで、ずれが生まれる
家で、こんなことがありました。
家で子どもに「これを2階の棚に片づけてきてくれる?」と頼むと、子どもは「前にお風呂場の棚に入れたから、今回もそこでいい?」と答えました。前はこうしたから今回も、という、彼なりの気づかいです。
けれども、私が頼んだのは2階の棚でした。小さなことですが、言われたとおりに動くか、自分の判断で動くかで、結果は変わります。
私は「前はそうだったかもしれないけれど、今回は2階の棚に置いてほしいんだ」と伝えました。子どもは少し考えて、「わかった。2階のどの棚か、もう一回教えて」と聞き返してくれました。最後に私は、「気を利かせてくれてありがとう。でも今回は、お願いしたとおりにしてくれて助かったよ」と声をかけました。
職場で、指示を受けたのにまっすぐ目的にたどり着けず、注意を受けてしまう場面と、よく似ていると感じました。
「聞き返す」ことも、指示に従う力の一部
新人のうちは、「こうしたほうがいいのでは」という自分の考えが、無意識のうちに入り込みます。そのずれが積み重なると、指示そのものが正しく伝わらなくなっていきます。
子どもが「どの棚か、もう一回教えて」と聞き返したように、確かめることは、指示に従う力の一部です。分からないところを自己流で埋めるより、一度聞き返すほうが、ずっと確実です。
もちろん、上司の伝え方に改善の余地があることもあります。私が「2階の棚」とだけ言わずに、どの棚かまで伝えていれば、子どもは迷わなかったかもしれません。育てる側も、伝え方を磨き続ける必要があります。
信頼は、「言われたとおり」の先にある
それでも、新人の時期に、まず素直に指示に従うという基本を身につけることは、長い目で見て本人の成長につながります。
医療の現場で一人前として信頼されるまでには、言われたとおりにやる段階が欠かせません。上司からの信頼を得て初めて、「あなたのやり方でやってみて」と任される日が来るのです。
私も、そこから始まった
小児外科医として基礎をたたき込まれた時期、私は何もできず、技術もありませんでした。指示されたことをやるだけの日々から、修業が始まりました。
言われたとおりにやったつもりでも、上司の意図と少しずれる。そのたびに厳しく指導され、何度も壁にぶつかりました。上司の真意をくんで、期待どおりに動き、結果を出す。それは、最初から簡単にできることではありませんでした。
それでも、相手の期待に添えるよう、素直に実行することを繰り返すうちに、少しずつ結果が出せるようになりました。そして上司から信頼され、自分の意見も取り入れてもらえるようになっていきました。
指示に従うことは、自分を押し殺すことではない
指示に従うことは、自分を消すことではありません。基礎を固め、成長していくための大切な過程です。
新人に伝えたいのは、いまは基礎を固める訓練の時期だ、ということです。そして育てる側に求められるのは、型を示し、聞き返しやすい空気をつくり、できたことを言葉にして返すことだと、私は考えています。
次に新人が指示とずれたときは、注意する前に「どこで迷った?」と一度聞いてみてください。
この考え方を自院でも取り入れてみたい医療機関の方は、「医療機関の方へ」のページからご連絡ください。
文:小森広嗣(小児外科専門医)
