ある晩、片づけをしながら生返事をしていた私に、小学生の息子が言いました。「お父さん、ぼくが今なんて言ったか、言ってみて」。
答えられませんでした。それは、私がいつも子どもたちに言っている言葉、そのままでした。聞いているつもりで、聞いていなかったのです。この夜のことを、私は診察室でもよく思い出します。
伝えることが多いほど、医師は話す側に回る
診察室では、伝えなければならないことがたくさんあります。体で起きていること、治療の理屈、家での進め方、気をつけてほしいこと。
伝えることが多いほど、医師は話す側に回ります。親御さんが話している間にも、頭の中では次の説明を組み立てている。私自身、そういう時間があったことを認めなければなりません。
これは、医師が不誠実だからではありません。限られた時間で、伝えるべきことを伝えようとする責任感から生まれるものです。だからこそ、気づかないうちに、聞く時間が細っていきます。
まず理解に徹する
『7つの習慣』の第5の習慣は、まず理解に徹し、そして理解される、です。
診察室で私が心がけているのは、親御さんが家で何を見て、どう感じてきたのかを、その場面を一緒に思い描くように聞くことです。いつから、どんなときに、そのとき家族はどうしたのか。途中で説明を挟まず、まず最後まで聞きます。
親御さんの言葉の中には、診断の手がかりがあります。そして、その家庭で無理なく続けられる方法の手がかりもあります。毎日いちばん近くで子どもを見ているのは、親御さんだからです。
聞いてもらえたと感じると、次の一歩が決まる
話を最後まで聞いてもらえたと感じると、親御さんの表情が変わります。そのあとに伝える説明は、同じ内容でも、ずっと受け取ってもらいやすくなります。
聞くことは、説明を減らすことではありません。説明が届くための土台をつくることなのだと思います。
聞く時間は、仕組みで守る
ただ、聞く姿勢を持っていても、診察室で説明を一から十まで話していれば、聞く時間はすぐに削られます。
そこで私は、どのご家族にも共通してお伝えする説明は、受診の前に届く資料や動画として、診察室の外に置くようにしています。人を増やして説明を分担する前に、説明の置き場所を仕組みにしておく。そうすると、診察室では、聞くことから始められます。
この形も、一度で整ったわけではありません。どの説明を外に置き、どれを診察室に残すのか。何度も並べ替え、そのたびに外来の流れが変わりました。慣れるまでには、チームにも私にも根気が要りました。
そして、説明を外に置く仕組みそのものに、「診察室は聞くことから始める」という考え方が入っています。考え方が先にあり、それを形にしたのが仕組みです。だから、ただ資料を配るだけでは、聞く時間は生まれません。
聞く姿勢は在り方です。聞く時間は、仕組みで守れます。息子に教わった夜から、私はその両方を大切にしています。
関連して、便利な道具は使う。在り方は手放さないも書いています。
この考え方を自院でも取り入れてみたい医療機関の方は、「医療機関の方へ」のページからご連絡ください。
文:小森広嗣(小児外科専門医)
