わが家のダイニングには、家族のミッションを書いた紙が貼ってあります。だいぶ汚れてきましたが、きょうだいげんかが続いた日も、親がいらいらした日も、この紙に戻ると、何を大切にするのかを思い出せます。
戻る場所があると、人は迷いにくくなります。そのことを、私は家族から教わりました。そして同じことを、職場のチームでもしたいと考えるようになりました。
院長の言葉のままでは、届かない
開業するとき、事業のミッションは私が一人で考えました。毎日声に出して確かめ、判断に迷うたびに立ち返ってきました。
けれども、私にとっては支えになる言葉でも、一緒に働く仲間にとっては、しばらく「院長の言葉」のままでした。壁に貼ってあっても、受付で迷ったとき、処置の準備で判断が分かれたときに、その言葉が浮かぶわけではありません。
これは誰のせいでもありません。ミッションは抽象的な言葉です。日々の具体的な場面と結びついていなければ、使える言葉にはならないのです。
判断の場面から、言葉を拾い直す
そこで、順番を逆にしてみました。ミッションを説明するのではなく、仲間が実際に迷った場面を出してもらうところから始めます。
あの場面で、何を大切にしようとしたのか。どちらを選び、なぜそう決めたのか。話を聞いていると、ミッションに書いた言葉とよく似た思いが、仲間自身の言葉で出てきます。
その言葉を、ミッションの横に並べて置いていきます。私が考えた言葉よりも、仲間が現場で使った言葉のほうが、次に迷ったときに思い出してもらえます。
戻る先を、問いの形にしておく
もう一つ心がけているのは、ミッションを、迷ったときに自分に投げかける問いの形にしておくことです。
「この子とご家族にとって、いちばん良いのはどれか」。答えを細かく決めておくよりも、戻る問いを一つ共有しておくほうが、想定していなかった場面でも、それぞれが自分で判断できます。
一度で完成させず、育て続ける
チームの言葉は、一度で完成するものではありません。人が入れ替わり、仕事の形が変われば、しっくりこない言葉も出てきます。そのたびに直していけばよいと考えています。家族の紙も、汚れながら使い続けてきたからこそ、わが家の言葉になりました。
指示を重ねる前に、戻る場所を仕組みにする
人が増えるほど、一人ひとりに細かい指示を重ねたくなります。けれども、指示はどれだけ足しても、すべての場面を覆うことはできません。
だから私は、ミッションを日々の流れの中に組み込んでいます。一日の始まりの短い確認、迷ったときに立ち返る問い、振り返りの場で場面と言葉を結び直す時間。戻る場所を先に仕組みにしておけば、人は指示を待たずに、目の前の子どもとご家族に向き合う仕事に戻れます。
ただ、この流れを入れたからといって、すぐにチームの言葉が育つわけではありません。言葉が場面と結びつくまでには、何か月もかかります。ずれたら直し、また場面から拾い直す。根気の要る作業です。
そして、確認の時間も、迷ったときの問いも、形だけを真似ても働きません。働くのは、その中に「何を大切にするのか」という考え方が入っているからです。仕組みは、考え方を毎日の流れの中に運ぶための器なのだと思います。
関連して、計画どおりに進まない導入を、どう立て直すかも書いています。
この考え方を自院でも取り入れてみたい医療機関の方は、「医療機関の方へ」のページからご連絡ください。
文:小森広嗣(小児外科専門医)
